長岡のパブリックアート|意外と知られていない長岡のアート作品を解説
花火の街として知られる長岡。
一瞬で夜空に咲き、そして消えていく花火は、儚い芸術の象徴です。
しかしその一方で、長岡の街並みには“もうひとつの芸術”ともいえる「パブリックアート」が存在しています。
パブリックアートとは、駅前広場や公園、道路沿いなど、日常的な空間に溶け込んだアート作品、
たとえば──
・駅前のモニュメント
・公園の彫刻
・街角のオブジェ
これらはすべて、パブリックアートです。
この記事では、存在は知っているけど詳しくは知らない長岡の街並みを彩る代表的なパブリックアートの魅力と見どころを解説します。
観光としても街歩きをしながら魅力のあるアート巡りを楽しめます。
日常に溶け込んでいるパブリックアートの魅力と、その見どころ
パブリックアートの大きな特徴は、私たちの日常の中に自然と存在していることです。
美術館やギャラリーのように「観に行く」ものではなく、通勤や通学、散歩の途中でふと目に入る──それがパブリックアートです。
これまで何気なく見ていた駅前のモニュメントや街角のオブジェも、実はその街の歴史や個性を表現した作品のひとつ。
意味や背景を知ることで、いつもの風景が少し違って見えてくるのも、パブリックアートの魅力です。
ここからは、長岡花火ドットコムが選んだ長岡の街に点在するパブリックアートを紹介していきます。
長岡の街並みを飾るパブリックアート
| パブリックアート 制作年 |
作者 | 設置場所 |
|---|---|---|
| 平和像 (1951年) |
廣井吉之助 | 平和の森公園 |
| 火焔土器 1958年 |
廣井吉之助 | 千手三叉路 |
| まいまいひめの像 1958年 |
廣井吉之助 | 大光銀行本店 |
| 大智浄光 1964年 |
斎藤義重 | ミライエ |
| 三つの力 1965年 |
廣井吉之助 | さいわいプラザ |
| Space Eye-T 1978年 |
多田美波 | 大光銀行本店 |
| 長岡今昔 1982年 |
ルイ・フランセン | 長岡駅前 |
| 馬高のビーナス 1993年 |
元井達夫 | 大光銀行本店 |
| ブロンズ像 1997年 |
野本九萬雄・元井達夫 | 大手通り |
| カリヨンベル 1997年 |
オランダ製 | 大手通り |
| 正三尺玉打揚筒 2000年 (1926年 |
大阪海軍工廠製 | 長岡駅前 |
長岡の街並みを飾るパブリックアート
火焔土器(千手三叉路・1958年)
長岡は火焔土器が発見された土地で1936(昭和11)年に長岡市関原町の馬高遺跡から出土されました。
火焔土器の燃え盛る炎や、渦巻く水の流れなどを思わせるエネルギッシュな造形を見た芸術家・岡本太郎氏は「なんだこれは!」と叫んだそうです。
そんな火焔土器のモニュメントが長岡市内に16箇所あり、中でも一番歴史の古いモニュメントが千手三叉路にある火焔土器です。

16箇所の火焔土器を全て探訪した完全ガイドがこちら👇
取説
長岡の火焔土器モニュメント完全ガイド
まいまいひめの像(1958年・大手通り)
長岡市民の知名度が抜群のパブリックアートが「まいまいひめの像」
今年で67歳のキュートな姫は、かたつむりに腰かけて横笛を吹いている今も変わらない可愛い少女の像です。
1958(昭和33)年に当時の新潟相互銀行から寄贈された像で何故、かたつむりに少女が乗っているいるのかは謎というミステリアスなパブリックアートです。
設置されている場所は長岡駅から徒歩5分ほどの大手通りと表町通りの交差点のそばにあるまいまい広場です。

作者は長岡出身の彫刻家 廣井吉之助氏
廣井吉之助氏は長岡市東神田の出身で東京美術学校(現 東京芸術大学美術学部)の彫塑科で学んだ後、東京を拠点に活動していた彫刻家で市展の審査員も長く務められていました。
「まいまいひめの像」の他に平和像・3つの力・火焔土器も廣井吉之助氏の作品です。
まいまい姫の像を詳しく解説👇
取説
長岡のお姫様「まいまいひめの像」の歴史
Space Eye – T(1978年・大光銀行本店)
大光銀行本店の前であった近未来的なフォルムを記憶している人は多いのではないでしょうか。
大手通りを行き交う人々とゆっくりと過ぎ行く時間を見つめていたような眼差しのアート作品が「スペース アイ – T」です。
大手通りに面して設置してあったペSpace Eye – Tは本店の建て替えに伴って2016年に撤去されました。
現在の店頭にはありませんが、二つあった内のひとつが大光銀行本店の2階に展示されています。

画像引用:Googkeマップ
スペース アイ – Tの製作者は、抽象彫刻家・造形作家として活躍した多田美波さん(1924–2014)。
多田美波さんの作品は、日本各地の公園、駅、市庁舎、ホテル、劇場など、都市のさまざまな場所に残されていて、人々の日常の中に溶け込んでいるパブリックアートとして存在し続けています。
Space Eye-T (スペース アイ – T)
Size W:370×D:60×H:288cm
アクリル、ステンレス 、鉄、蛍光灯

画像引用:多田美波研究所
大智浄光 (1964年・ミライエテラス)
長岡商工会議所の壁面を飾ってた「大智浄光」
大智浄光は、戦後日本の現代美術の先駆者として活躍した斎藤義重(1904-2001)による制作で長岡現代美術館の壁面として1964年に設置された作品です。
長岡現代美術館は1979年に閉館しましたがその後のも長岡商工会議所の壁面として飾られていました。
レリーフは、右から「大」「智」「浄」「光」を表しているそうです。

画像引用:長岡市まちづくり
市街地再開発事業で建物が取り壊されることに2019年に長岡商工会議所から長岡市に譲渡されて現在は長岡市によって保管されています。
今後は、2026年11月に開館するミライエテラス(東館5階)に展示されることが決まっています。(出典:長岡市まちづくえり)
大智浄光
作者の斎藤義重さんによると「大智浄光」は”各々異なった動きと表情をもつ住人”を表わしたそうです。
高さ3.7m 幅21mの銅板
長岡今昔(1982年・長岡駅大手口)
JR長岡駅の大手口に駅正面を飾っている大壁画が「長岡今昔」です。
長岡今昔は1982年4月に「上越新幹線」開業にともなう長岡駅の完成を記念して製作された陶板レリーフです。
長岡今昔は城下町長岡にちなんだ題材が描かれている3部作でタイトル通りに長岡の過去から現在、未来の長岡を表しています。
小林虎三郎・米百俵、信濃川と正三尺玉花火、火焔土器などがモチーフになっていて長岡の人々の力強さと、大きな花火、未来への街づくりの想いが伝わってきます。

画像引用:@ART ルイ・フランセン-長岡今昔
作者はベルギー人でパブリックアート作家のルイ・フランセンで長岡駅の他にも浜松駅や瑞穂町などで陶板やステンドグラスなどのパブリックアートも制作しています。
長岡今昔について作者のルイ・フランセンの言葉が日本交通文化協会で紹介されています。
長岡今昔
縦3.8m × 横25.0m(全長)
陶板レリーフ
長岡のパブリックアートまとめ
花火の街・長岡にあるパブリックアートの一部をご案内しました。
長岡は、一瞬の芸術である花火と日常にある芸術と共存しているアートな一面もあることがわかっていただけたでしょうか。
これらのパブリックアートの多くは大手通りの周辺に設置されています。
戦後復興と文化の街づくりとして、街の中心部であった大手通りを飾っていたのかもしれません。
大切に飾られている長岡のパブリックアート作品の数々がこれからも街の記憶としてあり続ける存在であってほしいです。

